日々の生活の中で、ふと聞こえる心のつぶやき日記


by keiyou-ai
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ノスタルジア

CD初聴…。米良美一「ノスタルジア」

今までのイメージは、すっぱりと吹き飛んでしまった。ライブで聴いた曲とは、また一味も二味も違って、後半の武満徹とヨイトマケの歌は圧巻。凄みさえ感じる…。
クルト・ワイルの3曲は、まるで独り芝居を見ているよう…。宗教曲や端正な日本歌曲を聴きなれた耳には、えっ!という意外性がある。
歌われているのは、かなり重い内容なのに前半は、女性になり切ってけだるげに小粋な哀歌として歌われる…どことなく軽やか。

後半、武満の「死んだ男の残したものは」は、一転して低音を活かしたかなりインパクトのある曲…。ベトナムの平和を願う市民集会」の為に書かれた反戦歌だそう…。谷川俊太郎の詩がぐっと胸に迫って来る。重い内容の後は、軽めのジャズ風にアレンジされた「うたうだけ」。3曲目は「ぽつねん」この歌を聴いていたらやなぎみわの個展の作品に重なった…砂女のイメージ。武満晩年の作品と聴いた事があるけれど、曲のイメージを谷川俊太郎の詩はどうしてこうも現実の情景として、深く鋭くえぐりだせるのだろう。すごいなあ! 実際は、もっと汚い老醜を受け入れざるを得ない老人達、そして死を諦観して待つだけの時間の恐ろしさ…。それを、孫の子守りをしながら美しい桜の花のしたでぽつねんと座る老婆の寂寥とした姿に表わす。生と死はいつも隣り合わせ、それは誰もが迎える死を待つ時間…。リアルです。(日常の光景の中にひそむ現実の残酷さに気付くと、周りの風景さえも一変して見えるものですね。)

終曲は、「ヨイトマケの歌」只精一杯に働き、愛情深く子を育て、苦労の果てに死んで行く母親。究極の母性讃歌なのかもしれません。貧しくても無学でも母親という役割をひたすら生きるたくましい女性…。大きな懐を持った肝っ玉かあさんみたい…。
モノが豊かな事が、決して幸せとは言えない…。でも、今の時代本質的に母性が育ちにくい時代であるのもたしか…。核家族がもたらした弊害は、まだまださまざまな陰を落とし続けるような気がする。このような母性愛の形をノスタルジアというタイトルに収めた米良さんは、現実を見据えた上で郷愁として捕らえていると言う事なのだろうか?

単純に歌を楽しむというBGM的なものではないCD、どう受け取るかは聴衆次第だけれど
聴いた後に、何だかその先にある米良ワールドを聴きたいと思う一枚でした。
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by keiyou-ai | 2005-09-09 02:22 | 鑑賞徒然