日々の生活の中で、ふと聞こえる心のつぶやき日記


by keiyou-ai
カレンダー

<   2005年 02月 ( 15 )   > この月の画像一覧

お天気上々…

朝から眩しい光に包まれて起床…。
ぼんやりとした頭に、朝の光は容赦なくエネルギーを注ぎ込んできます。熱々のコーヒーを飲むまでは、体中がぎこちなくボーッ…。まいったなあ。最近は、睡眠不足で夢も見ずにひたすら爆睡状態、お陰で朝は、半分記憶喪失みたいです。
そうはいっても、今日は鴻巣まで免許の更新に行かなくてはならないし…。だるい身体に喝を入れ、冷たい水で洗顔したらやっとシャキッ!

外を見たらお天気は上々!夏川りみのCDやクラシックのCDを抱えて、いざ出発です。車窓から見える広々とした畑や雑木林にも、春の光が存分に降り注ぎ、あちこちに梅の花が咲いているのが見えます。おおっ!春だぞ!と浮き浮きしてきました。荒川の水の色も、真っ青な青空を写して青緑がかった生き生きとした色が新鮮です。(わきみ運転注意!!)土手の枯れ草も、心無しか生気を潜ませ輝いているように見えました。
免許センターについて更新手続きを済ませ、ビデオを使った講習をみっちりと聴いたあと、無事に免許の更新となりました。残念な事に、せっかくゴールド免許だったのに、今回はシートベルト違反の累積でゴールド取り消しになってしまいました。(車であちこち飛び回る仕事なので、ついうっかりなんて事もあり、これを機に初心に戻って気を引き締めなきゃと思ってます。)免許を取って25年、毎日運転しているといろんな事がありますが、またゴールドになれるよう気を付けて運転しようと思った次第です。(交通事故はやはり怖いですからねえ…。ショッキングなビデオ見て実感です。)将来紅葉マークのゴールドドライバーっていうのが、おばさんの憧れです…。生涯現役を目標にしているので、現役ドライバーは必須事項かなと…。それと、介護もこれから考えなくてはいけないので、家族に安心して乗ってもらえるよう腕を磨いておかなくっちゃ!(先日の雪の日運転で、びびらせてしまったようなので…)爆

何だか、お天気上々で気分も上々!明日からの仕事にも意欲が湧いてきた様です。やはり、たまにはゆっくり骨休みして、英気を養う事も必要ですね。昨日、今日と遠乗りした割には、お仕事抜きのドライブだったのでとても気持よく走れました。これから花の季節…。週末は春の訪れを山野に見に出掛けようと計画中…です。

今、そこにある自然からの恵みを見逃さないように…。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-27 23:52 | 風の歌日記

こだわり

世の中、いろいろと騒々しいこの頃ですね。おばさんには、全く縁のない株の世界ですが、見えない所で、世の中が動いているんだなあと…。かなり、怖い部分もありますね。日本も否応なく世界の競争の渦の中に巻き込まれていってるようで…。

それは、ある意味避けられないのかもしれません。でも多くの一般大衆にとっては、もっと大切なものが有るように思うのですが…。おばさんのこだわりは、「幸せって何だろう?」という素朴な疑問。周りを見回すと、物に溢れた室内、昔に比べれば食事も豊かになり、生活もいろいろと便利になって、家事もアナログ的に手でやる事は随分少なくなりました。母達の時代に比べたら、本当に信じられない程変わってしまいました。TVが登場した年に生まれ、TVと共に育ってきた私達の年代から、さらに今の子供達は、生まれた時から携帯電話やインターネットが日常的に在る世代ですから、情報は溢れ、毎日洪水みたいに流れていっているようにも思います。子供達が私達の年代になった時、一体何が残っているのだろう…?

明日は、孫の初節句のお祝い。孫達は、これからどんなことを幸せだと思うのでしょう…?ふとそんな事を考えてしまいました。ばあちゃんは、孫に5感で感じ取った事を大切にするよう伝えたいと思っています。転べば痛いし、美味しいもの食べたら嬉しい、暑かったり寒かったり、喧嘩すれば悲しいなあ…寂しいなあ。綺麗な音は気持いい、季節の花や風景は美しい、良い香リ、嫌な臭い…。そういう普通の事、当たり前だけど意識しないと通り過ぎたり見過ごしてしまう事を、しっかりと経験させたり気付かせてあげられたらと…。
まだ内緒だけど、毎年開かれている関西方面のお祭りで願いごとを書いて送るというのがあるのですが、毎年応募して入選し、本になって来るのがとても楽しみなんです。昨年の分が先日届き2册めになりました。いつか孫にプレゼントしようと思っているので、今年もチャレンジする予定です!
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-26 01:27 | 風の歌日記

井筒屋町造商店

所沢中心市街地に残る築100年の旧秋田家が改装され、「井筒屋町造商店」としてオープンしてから、はや1ヶ月が経ちました。高層マンションが立ち並び、10年前の面影はすっかり無くなってしまいましたが、町の表情は36万都市にふさわしい現代的な町の顔を見せ始めた様です。しかし、そこに住む人々にとってこの景観は本当に住みやすい町の顔なのでしょうか?マンション開発に伴い、商店街には空き店舗やシャッターを降ろした店もあり昔の人通りが夢のようです。
 そのような町の中心部に「井筒屋町造商店」はオープンしました。3年前、街の活性化を考えるTISパートナーシップ研究会の活動から、連綿と続いてきた多くの仲間達の熱心な働きかけが小さな波紋を広げ、今年市や県の補助を得てやっとひとつの大きな実を結びました。これから、実質的な運営を始め、市民のコミュニケーションの場として、また所沢固有の歴史の堀越しやアーカイブの制作等、街のミニ歴史博物館の機能+商店街活性化の拠点という大きな指命も与えられています。全国的に同様の動きが加速しているこの頃、独自性を持ち、しかも継続性を持った腹を据えた運営が必要かと思います。嬉しい事に、熱心に参加を希望する市民登録ボランティアは29名に達し、これからの井筒屋運営に大きな力となりそうです。

牡丹雪の降りしきる所沢の街、いつも深夜迄及ぶ熱心な会議を終え、仲間と車中で反省会をしながら帰りました。こういう本気で街の活性化に取り組む仲間達の活動が、いつか必ず大きな波紋に繋がって欲しいと思います。街に住む人達が、ホッとできる場所、市民にとって懐かしい心の故郷のような場になれたらと…。行き着く所、やはり人間的な暖かさを感じられる場所に、人は惹き付けられるのではと思いますので…。

明日の朝迄、雪が降り積もるという予報。春先の牡丹雪は、なごり雪の風情…。真っ白い雪が、いろいろなものを浄化していくような気がしています。変わり行く街も、大きな自然の懐に包まれているようで、嬉しい雪景色です。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-25 05:17 | ボランティア徒然

春一番…

昨日は、春一番が吹きお天気も上々。ビル風は堪えますけれど…。
ところで、娘がノート型パソコンを中古で手に入れたのを機にブログを始めたので、何となくライバッております。マイペースだよと相手にしないつもりが、ついつい大人気なく乗ってしまい、変なものを作ってしまいました。タイトルは、「我が事務所の守神ゴジラくんとティガ−の物語り」?「ガオ〜!」ゴジラ君が、のっしのっしとやってきました。あっ!ティガ−君危ない!踏みつぶされちゃうよ! でも安心を…。我が事務所の守神は、心優しいゴジラ君、ティガ−と春休みにハイキングに行く相談だったんですって…。おばさんも連れってね。その前にゴジラ君に一杯食べさせなくっちゃ!何故って、ゴジラ君は貯金箱なんです!(おばさんギャグ…)

b0059686_1461225.jpg
b0059686_1463075.jpg
b0059686_1465157.jpg
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-24 02:12 | 風の歌日記

ガツン…!

昨日は、朝からガツンと1発喰らってしまいました。

朝刊に「それでいいのですか?」という曲の歌詞が、広告欄に大きく載っていました。その歌詞の内容がかなりインパクト有りで、その歌を歌う「より子」さんの半生もまた強烈なインパクトがありました。
幼い頃に小児がんに冒され、長年の闘病生活の為に学校に行けず、好きな絵を描いたり耳コピーで曲を覚えたりしていたそうです。たまたまあったオルガンを手始めに、独学でピアノを学んだという「より子」さん。娘とひとつ違いで、まだ幼ささえ残る面立ちから、キッと強い視線がこちらを見据えています。いろんなものから逃げないまなざしのように見えます。

この歌詞は、自分自身への問いかけなのでしょうか?
「Cocoon」というアルバムタイトルからイメージされるのは、絶望の淵に立たされ、繭のように自分を内側に自ら閉じこめて生きる多くの人達への、強烈なメッセージのようにも思えます。
実際に視聴してみたい、そしてこのアルバムの歌詞を是非読んでみたいなあと…。生きたいという切実な思い、命の輝きともいえる存在感(オーラ)を感じる歌手の方のようです。
因に、この上に掲載されているパブは、今話題沸騰の男性版「白鳥の湖」。主役のホセ・ティラードは、最近TV番組にも出演していて、そのカッコよさに魅了された方も多いと思いますが、ダンサーの方達は、本当に姿勢が真直ぐでとても美しいですね。こちらの公演も、まさに衝撃的な舞台です。前回の公演の時も、行きたいなあと思いつつなかなか行けなかったので、上手く時間が取れれば…。し、しかし、チケットが結構お高いみたいだし…。悩む所です。
脱線してしまいましたが、「Cocoon」も「白鳥の湖」も厳しい人生を生きて行く上で、愛を求めざるを得ない私達が、迷ったり傷付いたり希望を失いかけたりした時、その弱さもみじめさも全て受け入れてみる、素の自分になって、それでもこうしたいと思う行動が、その人本来の生き方ではないか?という問いかけのよう…です。

「それでいいのですか?」の問いかけは、今の自分に一番ガツンときています。
 それでいい訳ない…。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-21 10:19 | 風の歌日記

好きなもの

今日、友人からチョコレートを頂きました。とてもおいしくて、そのうえちょっと訳ありのチョコ!!Nさん、ありがとうございます。思わず、一人占めしてしまいました。(^▽^)しっとりとろけるチョコやビター味、ホワイトチョコ等、いろいろなチョコを堪能させて頂きました。ご馳走様です!

甘いものに目のないおばさんは、特にチョコが大好きなのです。他にもいろいろ、お饅頭やチーズケーキ(TOPSのレアチーズとか)和菓子等々…。以前、ケーキ食べ放題に友人達といって食べ過ぎてから、さすがに無茶な食べ方はしなくなりましたけど、何となく疲れると甘いものに手が伸びちゃうんですよね。(笑)
これって、もしかしたらストレス甘党かも…?

好きなもの…と書いたら、次から次へと連想してしまいました。朝焼けの空、木漏れ日、青空に浮かぶ雲、夕立ち、虹、稲妻、月明かり、夜空の星、潮の香、雨の匂い、牡丹雪、囲炉裏の炭火、薬缶の湯気、季節の花々、田んぼの匂い、風の音と匂い、川の瀬音、蛙の鳴き声、虫の音、鳥や動物の鳴き声…etc。
あれあれ?みんな幼い時の記憶の中にあるものばかり…。私にとっては、故郷の自然そのものが好きなものになってるみたいです。今は、その記憶の上に薄くベールが被り、静かなイメージと音楽のように感じられます。5感に心地よいものなのでしょうか?
しかし、最近記憶のベールはますます厚くなり、感覚が鈍ってきているようで困ったものです。心の若さだけは、少しでも長く持ち続けられたらと思いますので、心のビタミンを取るために、自然の中を歩いたり、映画や音楽を鑑賞したり、本を読んだりして喜怒哀楽の感情表現を豊かにできればと思うこの頃です。そういう瑞々しい気持は、年を重ねる毎にだんだん心に蓋をすることで、能面のように起伏のない表情に変るような気がします。

好きなものを、しっかりと意識して感じ取れる事ってとても大切な事かもしれません。どこかの大学の先生がいってましたが、「人間、欲があるうちは簡単には死にません。」とか…。好きなものも無くなれば、確かに危ないかも…。

甘いもの好きだから、まだ大丈夫かな?(爆)
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-19 01:44 | 風の歌日記
昨日になってしまいましたが、16日オペラシティでの公演、コンサート形式オペラ「夕鶴」を見てきました。
つう(鮫島有美子)、与ひょう(持木 宏)、運ず(牧野 正人)、惣ど(池田 直樹)、指揮(現田 茂夫)、演奏(神奈川フィルハーモニー管弦楽団)、演出(栗山 民也)、衣裳(植田 いつ子)etc

最近、ホールオペラ、コンサート形式オペラと言うような呼び方の、コンサートホールで演じられるオペラが話題になっているようです。本格的なオペラを楽しむには、大掛かりなセットを組める大規模な劇場が必要ですが、最近は、良質な音響のコンサートホールが各地にでき、そういうところでもオペラを楽しむ事ができるように考案された形式のようです。オーケストラピットではなく、オケは舞台上にセットされ、大胆に省略し簡素化された舞台装置は、脚本のイメージを最大限に活かして象徴的に作られています。照明もシンプルながら、つうの精霊的な雰囲気を象徴するように、橋懸かりの脇に設置された蛍光灯の青白い光の帯等で効果的に演出されていました。栗山さんの演出のイメージは「能舞台」ということで、舞台に向かって左から舞台右下へと続く橋懸かり風の通路が伸びています。その踊り場風の場所から舞台袖に続く通路とそのまま左へ折れて、舞台中央の平台へと続く通路が更に斜めに伸びています。与ひょうの家を表わす平舞台は、2段になっていて3方に段が付いているのですが、平舞台の右(舞台中央よりやや右側に、1本の木が立っている。)その木の根元当たりから、向かって右側につうが機を織る部屋へ通じる通路があり、半透明の戸がついています。(中からの照明でつうが機を織るイメージを効果的に演出してました。)
言葉で書くと、舞台のイメージがつかみにくいかもしれませんが、これがシュ−ボックス型のあのオペラシティの大ホールかしらと思うくらい、しっくりと違和感がないのが不思議です。舞台周りを真っ黒なボードで囲み、真っ白な舞台装置を浮き上がらせているので、そこに意識を集中する事ができるように考えられているのだと思います。(パイプオルガンがまったく気になりません。)学生時代、舞台装置を専攻していたので、どうしてもそちらの方が気になってしまいました。ごめんなさいです。

演奏の方はちょっとハプニングが(指揮者が遅刻?)あったからか、全体を通してみた時、前半は何となく落ち着かない感じがしました。後半は、徐々に盛り上がって行きましたが、つうや与ひょうの繊細な心理描写の場面で、バランスを欠いたような大音量で、もう少し押さえた演奏の方が良かったように思います。(ちょっと、おどろおどろしかったような…?)鮫島さんと持木さんは、息もぴったり、さすがに鮫島さんは夕鶴をかなり演じていらっしゃるので、安定感があってまさにハマり役という感じです。持木さんも、純粋で子どものような与ひょうの無邪気な役処をとても良く表現されていました。惣どを演じた池田さん、運ずの牧野さん、いるいるああいう人…って思わず思ってしまうくらいそれぞれの個性が際立つ演技です。植田さんの衣裳は、遠目だったので、良く見えなかったのですが、鶴に変身する前に(下に真っ白い小袖を重ね着してました。)打ち掛けのように羽織っていたぼかしの小袖の着方がとても変わっていてステキです。ああいうドレスも素敵なんじゃないかなあと…。

昨日の風の歌日記の中で、もしかしたら与ひょうの中に高橋さんのような思いがあるのかもと書いたのですが、この与ひょうは、全く持って子どものよう…。つうの愛情は、母親のような愛情で、与ひょうには愛する人の気持は、全く分かってない…。情けない駄々っ子みたいで、自分の息子ならひっぱたいてやりたいくらいです。こんなんでしたっけ…夕鶴のお話って。もう少し大人なんだけど、欲に目がくらんで…みたいな話じゃなかったんだっけと…。だからこそ愚かしく哀しいんじゃないかと思ったりするんですけれど…。全く、童話で終ってしまったような物足りない気がしてしまいました。ぼやきが入ってしまいましたが、コンサート形式のオペラは、舞台装置や照明効果や演出方法を工夫し洗練する事で、大規模オペラとはまた違った魅力が出て来るのではと思いました。このような形式のオペラは、地方のホール等でも無理なくできると思いますので、広まっていくといいなあと思った次第です。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-17 02:57 | 鑑賞徒然
私は、どうも自然の美しい風景や野生動物の姿に、めっぽう弱いみたいです。感動モノの映画や演劇より、もっと魅力的なものに見えます。人は誰でもそういうものに、安らぎや感動を覚えるのだと思いますが、今日のNHKアーカイブスで放映された「鶴になったおじさん」こと、釧路湿原にある丹頂鶴自然保護園?の名誉園長、高橋さんのドキュメンタリ−に、とても感動してしまいました。絶滅寸前の丹頂鶴の保護と人工孵化に専念してこられた方で、その愛情深い鶴への対応は、ほんとに細やかで我が子を大事に慈しむような育て方でした。母親であっても、あそこまで細やかに愛情深くできるものだろうかと…。それでも、ご本人は、「鶴の親の育て方を観察して育てても、野生の鶴の子育てにはとても及ばない、自分が空を飛べないのがくやしいし、鶴に申し訳ない…」そういって、毎日何度も何度も、鶴の巣立ちの為に飛ぶ真似をしながら息をきらせて走る姿に、胸が熱くなりました。訓練を終えて飛べるようになった鶴の巣立ちの時、鶴の嫌がる場所を、何度かさわると2度と戻ってこないのだそうです。そんな時、飛び去る鶴を見送りながら、喉元迄でかかった「戻ってこい、ぴいちゃん」という言葉を必死に堪える高橋さんの表情に魅せられてしまいました。
こういうの、だめです。
切なくて、涙腺がどうにもゆるゆるになってしまいます。
大正時代に十数羽が見つかって以来、保護と人工孵化の地道な活動が実を結び、現在400羽程が確認されているそうですが、他にも自然環境の悪化に伴う絶滅の危機に瀕した野生動物は、日本だけでも相当な数にのぼるようです。そのような中、55羽の丹頂鶴を人工孵化して育て上げ、自然に返された高橋さんの功績は、他に比類するものがない事例だという事でした。
自著に書かれた一文「丹頂鶴の頭頂の赤は生命の色、羽の白さは純潔、首の黒は悲しみを優しく包み込む色だと思っています。」自然の中で、逞しく生きる野生の丹頂鶴達の命の輝きや純粋な愛情、生きる事の厳しさ、その全てを表現された言葉のように思いました。また、「今迄、鶴達にたくさんの事を教えてもらい本当に感謝しています。」というメッセージに、高橋さんのお人柄が偲ばれます。ひとつの仕事に専念されてきた方の言葉は、本当に深いものがありますね。何だか今日は、胸の中がぽっと暖かくなりました。

明後日は、寄寓にも「夕鶴」のオペラを見に行きます。新演出のコンサート形式オペラで、つうの歌曲や舞台演出が楽しみです。今回は、つうというより子供のように純粋な与ひょうに焦点を当てた新解釈のようなので、それも楽しみです。
何となく、与ひょうが高橋さんにだぶって見えるような気がして…。
巣立ちの時の高橋さんの切ない思いが、もしかしたら与ひょうの胸の中にもあったのかもしれないなんて…。またまた、涙腺が緩みそうです
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-14 01:59 | 風の歌日記

[君に読む物語」

気持よいお天気に誘われて、午後から町中を自転車でサイクリング。
途中であちこち予定外の所に立ちよったので、映画館に着いたのは、開演10分前です。前評判の高かった「君に読む物語」を観てきました。

確かに泣けます。ラストシーンで…。
あまりに美しすぎて、返って絵空事に見える程です。可愛くないですね、そういうへそ曲がりの感想は…。
でも祖父が、脳溢血から痴呆症を併発し、5年程家族で介護した経験から、あんなに美しい話には、なかなかなり得ないだろうと思うからです。哀しい事ですが、徘徊や汚物の垂れ流し、食事をいつ食べたかも忘れ、家族も認識できなくなってしまいます。一時も目を離せず、いつも祖母が後始末をしているのを見るのが、とてもつらかったことや、小学校の5〜6年生だったので、学校から帰ると祖父の見張りをするのが日課だったことを思い出してしまいました。老いる事は、とても残酷なものだと思います。皆そういう道を、必ず通るのですけれど…。どこかでそうなることを覚悟はしていても、記憶も思い出も全て無くし、生きる屍になってしまうかもしれないと思うと、やはり今を大切に生きる事しかないのかなあ…と。それはそれとして、看護する主人公のどうにもならない心の葛藤を見た時、無性に切なくて共感してしまいました。ラストシーンのような稀に見るケースもあるとしたら、それは神様からの人生最高のプレゼントかも…。(すみません。見てない方には?ですね。)

最近、何故こういう映画が次から次へと制作されるのか…?その裏側に潜む何か大きな社会不安が、見えかくれするようにも思います…。家族愛や人間愛をテーマとした、何か確実で普遍的なものへの憧れ、またリングやハリポタ、ハウル等のファンタジーの人気といい、現実の世界から失われつつあるものへの郷愁や憧れ、正義は勝つという夢想ではないのかしらと思ったりします。それだけ、戦争の影や天変地異、環境汚染、コミュニティの基礎でもある家族崩壊など、私達の周辺に色濃いキナ臭さが迫っているのかもしれないなあと…。それと、最近の話題作のほとんどが、等身大の普通の平凡な市民が主人公というのが多い。スーパーヒーローではなく普通の市民、しかも地味で目立たない人達の精一杯に生きる物語が、人気があるというのも最近の特徴のように思います。9.11のあと、何かが変わりつつあるのかもしれないなあ…。

映画のあと、何だか暖かいイメージというより、一陣の冷たい風が身にしみる帰途でした。美しすぎる映像は、時としてこの物語の余韻を却って薄くしてしまっているような気もしました。口当たりの良いエアチョコみたいな…。(おいしいのに、何となく物足りない。)
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-13 00:57 | 鑑賞徒然

夢の美術館

午前中、たまたまスイッチを入れたら、NHKで「夢の美術館」という番組を放送していました。「モナリザ」「ミロのビーナス」から始まって、ルーブル美術館所蔵の名作100点を紹介すると言うものです。そうなんです。この最初の「モナリザ」との出会いから全てが始まったんです、私が美術を学びたいと思ったのは…。

高校1〜2年の頃、美術部に所属していたのですが、只絵を描くのが好きと言う程度、デッサン等の基礎も習い始めたばかりで、いつも先輩達の絵に凄いなあと圧倒されていました。先輩達の受験が近づいていた頃だったと思います。久留米か博多だったと思うのですが、「モナリザ」やドラクロア、レンブラント等が来ると言うので、美術部の顧問の先生の引率で、はるばるバスに乗って見学に行きました。

ごった返す会場で出逢った一枚の絵、それが「モナリザ」。思ったより小振りの額に入ったその絵の前には黒山の人だかり…。長蛇の列に身をまかせて、やっと目の前に現われた「モナリザ」に、一瞬目は釘付け…。理由なんてありません。一目惚れ?かもしれません。とにかく、もう一度見たい!と、また長蛇の列にならんでしまいました。どうしたら、こんな絵が描けるんだろう?あの表情、あの布の質感は?
人込みに押されて、ゆっくり見る事もままならず、2〜3回並んだように思います。
その他にも、レンブラントやドラクロアの大作もあって、本物より生き生きとした人物や動物、本物と見まがう程の精緻な衣服の描写など、次々と目の前に展示された作品の数々に、只々圧倒されて…。茫然自失…。
山奥の田舎で暮す高校生には、教科書でしか見た事もない作品が目の前に在る。
その事が、物凄い感動でした。
鉛筆と水彩絵の具、クレヨンしか画材を知らない、まして、デッサンの仕方さえ見よう見まね程度なのに、突然、無謀にも美大に行きたいと思い込んでしまったのです。(爆)まったく若さと言うのは、恐れを知らないものですね。

思い起こせば、懐かしい思い出です。私にとって一枚の名画との出会いは、それこそ「夢美術館」への入口だったのかもしれません…。30数年を経ても、なかなか醒めない夢のなかに、まだ彷徨っているのかもしれません…。子育てを終えて、やっとまたその夢を、少しづつ現実の形に表現できたらと思い始めているこの頃…。

まだまだ、旅の途中です。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-02-11 23:28 | 風の歌日記