日々の生活の中で、ふと聞こえる心のつぶやき日記


by keiyou-ai
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30

木下晋展 松明堂ギャラリー

木下 晋(すすむ)氏の個展を、鷹の台にある松明堂ギャラリーに見に行ってきました。
以前、六本木ヒルズの森美術館で出逢った木下氏の作品「最後のゴゼ、小林ハル」の鉛筆画が強烈に印象に残っていたからです。1世紀以上を体に障害を持ちながらも力強く生き抜いた女性の顔…。その生の証としての深く刻まれたしわが、異様な程の存在感を持って迫ってくるのです。モノクロの鉛筆画の中に「存在する生そのもの」を観たような気が…。
今回の木下氏の新作展では、年老いた漁師夫婦をモデルとして描かれた絵本の原画10数点が展示されていました。絵本の内容は、実際の老夫婦の物語という訳ではありませんが、一人の女性の生い立ちから少年との出逢い、別れ、再会、結婚、仕事と子育て、子の巣立ち、孫の誕生、夫との死別、そして限りある未来を生きる女性…と、一人の女性の一生を描いてあります。ふと、思い出したのは、シューマンの「女の愛と生涯」。誰もが通る一生の道すがら、その時々の日常の一こまを、手や顔のクローズアップでさりげなく物語る作品群です。

小林ハルさんをモデルに描かれた一連の作品の鬼気迫るような緊迫感は薄まり、穏やかな表情の老夫婦の笑顔が、ふっと心を和ませてくれます。でも、その先にある夫との別れ、否応なく一人取り残された老婦人が踊るおけさの絵が、哀しくも艶やかで見入ってしまいました。孫の手にもある同じホクロ…遺伝子の確実な継続。一人の人間の存在は、あまりにもはかない…。それでも、衰弱して死ぬまぎわまで嫌でも生きなくてはならない残酷さ…。ほんの一筋の希望があるとしたら…?ありのままに死を諦観して受容する事なのかなあ…。いくつになってもなかなか簡単には受容できないみたいだけれど。

生きる亊ってどんな意味があるのだろうか?と敢て自分に問いかけてみる…。

多分、「小林ハル」等の一連の長寿老人に刻まれたあの深いしわにこそ、答があるのかもしれない。「生きる事、老いを受け入れつつも最後迄自分の時間を生き続ける事」なのかも…と。生き抜くという事は、それだけでたいへんなエネルギーを要するのだから、凄いことなのだと思う。この先、自分はどんなしわを刻めるのだろう…。(あれだけの深い陰影のあるしわを刻めるのか、自分にはまったく自信がない。)

「光があるから闇も見える…」木下氏の本の中に描かれた言葉に、生きる事の光と闇(内面の闇を暗示する皮膚のしわ)、そして鉛筆画の真髄を見たように思いました。
[PR]
by keiyou-ai | 2005-09-18 00:58 | 鑑賞徒然