日々の生活の中で、ふと聞こえる心のつぶやき日記


by keiyou-ai
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オペラのお話

昨日、千駄ヶ谷の津田ホールで催された公開講座に参加してきました。昭和音楽大学オペラ研究所主催で、今回は「海外招聘オペラの戦後・黎明期から現在迄」と言うタイトルでした。戦後少し世情が落ち着いてきた1956年頃、NHKが始めてイタリアオペラを招聘したのだそうです。当時、何もかも初めてのことばかりでとてつもなく大変だったようだと、進行役の黒田恭一さんや元NHKのアナウンサーだった後藤美代子さん、演出家の鈴木敬介さんが、当時の様子を事例をあげてコメントされました。
当時の招聘は、ほとんどソリストだけという事が多く(来日するのに、55時間近くも掛ったらしいです。)舞台装置等は国内で制作したそうですが、劇場はサンケイホールか日生劇場くらいで、舞台装置を入れるには高さが足りず、随分苦労があったとのこと…。さらに、まだまだ連絡を取るにも、海外へ渡航するのも不自由な時代でしたので、イタリア側のマネージャーとうまくコミュニケーションが取れず、さまざまな面で難航を極め、関係者が泣きたくなった事もしばしばあったとか…。しかし、ゼロから少しづつ積み上げられた経験は、まさに財産となり、その後の第2次招聘オペラ「オテロ」へと続いて大きな反響となり、コメンテーターの皆様も、オペラの凄さに感動したそうです。その後61年パリのオペラ座「カルメン」、63年ベルリンオペラ「フィデリオ」へと繋がって行き、本物のヨーロッパオペラの素晴らしさに魅了されていったそうです。当時、物の豊かでなかった時代、きっと憧憬を持って観られていたのではと…。当時のオペラファン(イタリアオペラに育てられた人達)を、イタオペチルドレンと表されていて、その熱心さが伝わって来るようでした。

私は、オペラは最近になってようやく何回か見たくらいで、ほとんど見た事はありません。まして学生の頃は、貧乏学生が見るようなものではなく、舞台装置の勉強をしていたにもかかわらず、オペラ、バレエはほとんど見る機会がありませんでした。装置に関する資料もほとんどなくて、神田の古本屋を捜しまわってやっと見つけた装置のスケッチ本に、大枚5千円も払い(バイト代が月2万円くらいでした。)食事も我慢していましたので…とてもとても無理。
なのに、何故いまオペラに興味を持ち始めたのか…。
オペラも含めた演劇は、とても人間的なもの、アナログ的なものだと思うのと、まだ人の手作りの価値が生きているように思うからです…。
実際かなり高額な料金なので、頻繁に見に行く事もなかなかできませんが、ヨーロッパの国々でもなかなか維持するのに苦労しているというオペラハウスが、どうして日本でこれだけ招聘されているのか、その訳が知りたかったのも理由のひとつです。オペラとはどういうものなのだろうという素朴な疑問…。

初めてみたグランドオペラは、大掛かりな装置と華やかなソリスト達の声の共演、響き渡る合唱団の迫力、演技に合わせて指揮者が自在に振るオケの演奏…。そして、手の込んだ衣裳、照明、小道具と確かに凄い…。その時、ふと思ったのです。これは、総合芸術でもあり、一大産業だったんだなあと…。世界的に見ても、これだけ多くオペラが上演されている日本は、やはり豊かな国なのではとも…。海外では、王侯貴族が庇護者となり維持されてきたオペラですが、日本で例えば、日常的に映画を見るような感覚で演劇やオペラを見に、劇場やホールに市民が足を運ぶようになれば、それは新しい産業になるかもしれないとも思います。
そして、後輩達が活躍できる場もできるかもしれない…。もちろん、現実はなかなか厳しいものだと思いますけれど…。

2部の講座「海外招聘オペラの現在」を聴いて、着実にバブル崩壊後も伸びている来場数に希望を繋ぎつつも、現実の厳しさを実感した公開講座でした。
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by keiyou-ai | 2005-03-07 04:25 | 風の歌日記