日々の生活の中で、ふと聞こえる心のつぶやき日記


by keiyou-ai
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オペラ「夕鶴」オペラシティ

昨日になってしまいましたが、16日オペラシティでの公演、コンサート形式オペラ「夕鶴」を見てきました。
つう(鮫島有美子)、与ひょう(持木 宏)、運ず(牧野 正人)、惣ど(池田 直樹)、指揮(現田 茂夫)、演奏(神奈川フィルハーモニー管弦楽団)、演出(栗山 民也)、衣裳(植田 いつ子)etc

最近、ホールオペラ、コンサート形式オペラと言うような呼び方の、コンサートホールで演じられるオペラが話題になっているようです。本格的なオペラを楽しむには、大掛かりなセットを組める大規模な劇場が必要ですが、最近は、良質な音響のコンサートホールが各地にでき、そういうところでもオペラを楽しむ事ができるように考案された形式のようです。オーケストラピットではなく、オケは舞台上にセットされ、大胆に省略し簡素化された舞台装置は、脚本のイメージを最大限に活かして象徴的に作られています。照明もシンプルながら、つうの精霊的な雰囲気を象徴するように、橋懸かりの脇に設置された蛍光灯の青白い光の帯等で効果的に演出されていました。栗山さんの演出のイメージは「能舞台」ということで、舞台に向かって左から舞台右下へと続く橋懸かり風の通路が伸びています。その踊り場風の場所から舞台袖に続く通路とそのまま左へ折れて、舞台中央の平台へと続く通路が更に斜めに伸びています。与ひょうの家を表わす平舞台は、2段になっていて3方に段が付いているのですが、平舞台の右(舞台中央よりやや右側に、1本の木が立っている。)その木の根元当たりから、向かって右側につうが機を織る部屋へ通じる通路があり、半透明の戸がついています。(中からの照明でつうが機を織るイメージを効果的に演出してました。)
言葉で書くと、舞台のイメージがつかみにくいかもしれませんが、これがシュ−ボックス型のあのオペラシティの大ホールかしらと思うくらい、しっくりと違和感がないのが不思議です。舞台周りを真っ黒なボードで囲み、真っ白な舞台装置を浮き上がらせているので、そこに意識を集中する事ができるように考えられているのだと思います。(パイプオルガンがまったく気になりません。)学生時代、舞台装置を専攻していたので、どうしてもそちらの方が気になってしまいました。ごめんなさいです。

演奏の方はちょっとハプニングが(指揮者が遅刻?)あったからか、全体を通してみた時、前半は何となく落ち着かない感じがしました。後半は、徐々に盛り上がって行きましたが、つうや与ひょうの繊細な心理描写の場面で、バランスを欠いたような大音量で、もう少し押さえた演奏の方が良かったように思います。(ちょっと、おどろおどろしかったような…?)鮫島さんと持木さんは、息もぴったり、さすがに鮫島さんは夕鶴をかなり演じていらっしゃるので、安定感があってまさにハマり役という感じです。持木さんも、純粋で子どものような与ひょうの無邪気な役処をとても良く表現されていました。惣どを演じた池田さん、運ずの牧野さん、いるいるああいう人…って思わず思ってしまうくらいそれぞれの個性が際立つ演技です。植田さんの衣裳は、遠目だったので、良く見えなかったのですが、鶴に変身する前に(下に真っ白い小袖を重ね着してました。)打ち掛けのように羽織っていたぼかしの小袖の着方がとても変わっていてステキです。ああいうドレスも素敵なんじゃないかなあと…。

昨日の風の歌日記の中で、もしかしたら与ひょうの中に高橋さんのような思いがあるのかもと書いたのですが、この与ひょうは、全く持って子どものよう…。つうの愛情は、母親のような愛情で、与ひょうには愛する人の気持は、全く分かってない…。情けない駄々っ子みたいで、自分の息子ならひっぱたいてやりたいくらいです。こんなんでしたっけ…夕鶴のお話って。もう少し大人なんだけど、欲に目がくらんで…みたいな話じゃなかったんだっけと…。だからこそ愚かしく哀しいんじゃないかと思ったりするんですけれど…。全く、童話で終ってしまったような物足りない気がしてしまいました。ぼやきが入ってしまいましたが、コンサート形式のオペラは、舞台装置や照明効果や演出方法を工夫し洗練する事で、大規模オペラとはまた違った魅力が出て来るのではと思いました。このような形式のオペラは、地方のホール等でも無理なくできると思いますので、広まっていくといいなあと思った次第です。
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by keiyou-ai | 2005-02-17 02:57 | 鑑賞徒然